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アストル・パンタレオン・ピアソラ(1921-1992)は、「アルゼンチン・タンゴの革命児」という異名でも知られる、作曲家兼バンドネオン奏者です。
2021年3月11日でピアソラは生誕100年を迎え、再びアルゼンチン・タンゴに大きな注目が集められたことは記憶に新しい人もいるでしょう。
ところで、ピアソラが起こした革命とは具体的にどのようなものだったのでしょうか。
それまでのタンゴ音楽と一体何が違ったのでしょうか。
今回は、アストロ・ピアソラの作品の特徴、評価について解説し、おすすめの代表曲も3つ厳選して紹介していきます。
アストロ・ピアソラの音楽

ピアソラの音楽はクラシック音楽の基礎を元にしているところがあります。
そのため、既存のタンゴ音楽とはそもそも構造が異なる点が指摘されています。
ピアソラのタンゴ
ピアソラは幼少期からタンゴの音楽、ジャズの音楽に慣れ親しみ、音楽学はクラシック音楽の音楽理論と作曲法を主に学びました。
つまり、ピアソラの中には常にタンゴとジャズ、クラシック音楽の3つの要素が混然としていたのです。
当時、アルゼンチン・タンゴといえば4拍子のいわゆるタンゴといった音楽で、あくまでダンスの伴奏としてしか機能してしませんでした。
しかし、ピアソラはこれを大胆に変えていきます。
まず拍子を4拍子と限定せず、2拍子も作れば、3拍子のワルツも入れるなど、既存のタンゴ音楽ではありえないことをやってのけます。
さらに、タンゴ音楽の楽器としてよく使われるクラシックギターの代わりに派手なエレキギターを投入し、演奏者の人数を増やし、ジャズ奏者なども積極的に採用したのです。
これだけ見ても分かるように、ピアソラのタンゴ音楽は、既存のタンゴ音楽よりもより派手で、騒がしい音楽になったのです。
つまり、タンゴをただダンスの伴奏とするのではなく、主体性をもたせ、それだけでパフォーマンスできるようにしたという風にも言えます。
ピアソラは幼い頃からタンゴの音楽の素晴らしさを分かっていたのです。
ダンスの裏に置いておくにはもったいないタンゴ音楽の魅力を、ジャズやクラシックの力を借りて引き出したというわけです。
クラシックやジャズの要素を取り入れ、拍子も自在に操れるようになった「新しいタンゴ」は、従来のタンゴ音楽よりも音楽性が増し、さらに物語性も加わるようになりました。
悪評と誹謗中傷から称賛へ
既存のタンゴ音楽に慣れ親しんだ人からすれば、ピアソラのタンゴはあまりにも突拍子もないもので、受け入れるのに時間がかかったであろうことは容易に想像がつくでしょう。
そもそも、タンゴ音楽の要とも言える拍子を大胆に変えているのです。
4拍子を2拍子に変えるというのは100歩譲って許せても、3拍子を含めるなどありえないことだったでしょう。
これはまさに「タンゴの破壊行為」と言われても仕方ないかもしれません。
また、違うジャンルであるジャズやクラシック音楽との融合など、アルゼンチンとイギリスが同じ国になれと言われているようなもの、とても受け入れられたものではなかったでしょう。
そのため、ピアソラはタンゴ音楽界からほとんど追放され、各メディアには「悪魔」だの「暗殺者」だの「殺人者」だの、過激な用語で非難されることになります。
ピアソラ本人は誹謗中傷に屈することもなく、「新しいタンゴ」の完成に向けて動いていました。
ピアソラが作曲家として活動し、20年近く経った頃、ようやくピアソラの音楽に理解が示されるようになります。
小オペラでの成功を皮切りに、ピアソラの「新しいタンゴ」はどんどん受け入れられ始め、すぐにそれは称賛の声へと変わりました。
アルゼンチンのみならずヨーロッパでも注目を浴び、特に一流のクラシック奏者は演目にピアソラの音楽をこぞって入れるようになりました。
現在では、ピアソラはアルゼンチン・タンゴ前衛派の旗頭として高く評価されています。
アストロ・ピアソラの代表曲3選
ここではピアソラの代表曲を3つ厳選して、紹介していきます。
『アディオス・ノニーノ』(1958)
ピアソラの初期作品の中でも評価が高い作品が『アディオス・ノニーノ』です。
プエルトルコを演奏旅行でまわっている時に、最愛の父ビセントの死の知らせを受けます。
当時ピアソラは仕事に恵まれず、困窮を極めた生活をしており、アルゼンチンまでの旅費などとても出ませんでした。
アルゼンチンに帰れない無念を胸に、失意の中で『アディオス・ノニーノ』を作曲し、父に捧げたのでした。
哀愁を含んだメロディは父とピアソラの楽しく、懐かしい想い出を描き出しているかのようです。
弦楽が奏でる和音と、もの悲しく響くバンドネオンの音色が涙を誘います。
タンゴ的要素とクラシック的要素が実によくマッチした作品としても評価が高いです。
『鮫』(1979)
『鮫』と題されたこの作品は、ピアソラの大好きな趣味の一つ鮫釣りから着想を得て作れた作品です。
元々はヴァイオリン奏者のフェルナンデス・スアレス・パスのために書いた曲だったようです。
ちょっとドキドキする雰囲気が楽しい軽妙なリズムは変化が激しく、鮫の気性の荒さがよく表現されていると言えるでしょう。
ちょっとユニークなメロディとリズムは人気が高く、コンサート曲としてもよく用いられます。
近年ではピアノの独奏曲にも使われることが増えました。
タンゴは本来踊りのための曲ですが、この『鮫』に関しては踊り用の伴奏ではなく、パフォーマンス用の曲であることはすぐに分かるでしょう。
『ル・グラン・タンゴ』(1982)
ピアソラの晩年の曲で、ピアソラタンゴの集大成として位置づけられる作品でもあります。
この曲はチェリストの友人ムスティスラフ・ロストロポーヴィチのために作曲されました。
1982年に発表された作品ですが、初演はロストロポーヴィチ自身が1990年に行いました。
チェロとピアノのための曲ということで、タンゴ要素はあるものの、クラシック奏者用に書かれた曲になります。
チェロの低音が心地よく響く曲で、激しさは抑えられ、ゆったりと流れる重厚な音楽が楽しめます。
全体的にはクラシック調ですが、所々に散りばめられたジャズ的要素、タンゴ要素がほどよくマッチし、良い味を出しています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
踊りのための音楽だったタンゴを鑑賞音楽としてのタンゴに変えてしまったピアソラの手腕には目を見張るものがあります。
既存の壁を壊すことは容易ではないにも関わらず、あっという間にタンゴ音楽の概念を崩し、それでいてタンゴそのものの魅力は生かして、クラシックやジャズと融合させてしまったのです。
ピアソラは早くから音楽の才能に恵まれたと言いますが、やはり天才だったのでしょう。
ピアソラが誹謗中傷に屈することなく音楽を作り続けてくれたおかげで、今我々は「新しいタンゴ」を存分に楽しめているのです。
ピアソラの音楽が気になるという方は、ここに挙げた3つの代表曲を参考に、ぜひピアソラ音楽を聴いてみて下さい。
>>アストロ・ピアソラってどんな人?出身やその生涯は?性格を物語るエピソードや死因は?
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