モーツァルトってどんな人?その生涯や性格は?

出典:[amazon]モーツァルト生誕250年記念 エターナル:モーツァルト

古典派音楽を代表する音楽家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、たくさんの代表作を残し若くして亡くなりました。この記事では、そんなモーツァルトの生涯や人物像について深堀していきます。

モーツァルトの生涯

幼少期

モーツァルトは1756年の1月27日、ザルツブルクでその家の末の子供として誕生しました。なんと、7番目の子供です。このように聞くと子供が多いように感じるかもしれませんが、この頃は幼い子の死亡率が高い時代でした。実際に、モーツァルトとその妻の間にできた子供も6人いましたが、成人できたのは2人だけだったようです。

モーツァルトの幼少期と言えば、3歳でチェンバロの演奏を始めた、5歳で最初の作曲を行った、という話があり、さらには「神童」として高く評価されていました。しかし幼い頃からそのような評価を得ることになったのは、父親の存在が大きかったのではないでしょうか。

彼の父親はザルツブルクの宮廷作曲家で、ヴァイオリニストでもありました。そんな父親が息子の才能に気づいたことにより、モーツァルトは6歳という幼い頃からたくさんの演奏旅行を行い、ザルツブルク大司教の宮廷に仕えながらも様々な場所を回ることになります。

また、この幼い頃の演奏旅行中には、作曲したオペラを上演したり、ジョバンニ・バッティスタ・マルティーニ神父からいくつかの技法を教わったりました。

さらに、6歳の年には当時のローマ皇帝の娘、マリア・テレジアの前でも演奏を行いました。この時、まだ幼いマリー・アントワネットと出会っていて、その時のエピソードも残っています。

14歳の年には、ローマ教皇から黄金拍車勲章を授与されたり、初演のオペラが大絶賛されたりしていますが、収入的には大きなものにはならなかったようです。その後も各地を回りながら作曲した作品の上演を行いました。

20代

21歳の年にはザルツブルクでの仕事を辞めると、移った先のマンハイムの音楽家の娘だったアロイジアに恋をしますが、反対した父親によって翌年にはパリへ移らされることになります。

ところが、受け入れ先になっていた侯爵家の夫人からは良い待遇を受けることはできず、また収入も良くありませんでした。さらに、一緒にパリへ来ていた母親が亡くなってしまうという不幸にも見舞われてしまいます。

その翌年、ザルツブルクへ戻るとオルガニストとして宮廷で働きますが、25歳の年には大司教とのもめ事が原因で解雇されてしまいました。そのことをきっかけに、モーツァルトはウィーン定住を決め、その後はフリーの音楽家として活動を始めます。

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そして26歳になると、「魔弾の射手」や「舞踏への勧誘」で知られるウェーバーの従妹、コンスタンツェと結婚をします。彼女は、以前モーツァルトが恋したアロイジアの妹でもありました。

また29歳では弦楽四重奏曲集をハイドンに献呈していて、これが有名な「ハイドン・セット」です。

晩年

晩年には、現在モーツァルトの作品として有名なオペラや交響曲など、たくさんの作品が生み出されました。しかし、仕事に恵まれず収入が減少し、さらに浪費癖もあったためか借金は増えてしまっていたようです。

そして1791年の12月5日、35歳で亡くなりました。

モーツァルトの有名なエピソード

異常に高かった能力

幼い頃からとても耳が良かったモーツァルトは、音の違いだけでなくピッチの違いまで指摘したと言われています。また記憶力が良かったことで、聴いた音楽を楽譜に起こすこともあったようです。

アントニオ・サリエリとの噂

少し怖い話として知られているものでは、イタリアの音楽家だったアントニオ・サリエリの名前が登場する噂があります。

モーツァルトの死因については、現在では「リューマチ性炎症熱」だったという説が濃厚ですが、当時は毒殺されたのではないかという噂が流れました。その犯人ではないかと名前をあげられたのがサリエリです。

さらには、サリエリを含むイタリアの音楽貴族によって、モーツァルトの演奏会が裏で妨害にあっていたという噂までありました。

マリー・アントワネットとのエピソード

マリア・テレジアの御前演奏の際に出会った、後のマリー・アントワネットとのエピソードは特に印象的です。

この演奏で訪れていた宮殿でモーツァルトは転んでしまうのですが、その時に手を取った幼いマリー・アントワネットに対し、将来お嫁さんにしてあげるというような内容の言葉を、モーツァルトがかけたと言われています。

当時、まだ幼く特別な才能を持ったモーツァルトだったから問題にならずに済んだのだと思いますが、周りはどのような空気だったのでしょうか。当時で考えればギリギリのエピソードだったのかもしれませんが、現在ではとても可愛らしいエピソードです。

モーツァルトの人物像

作曲された音楽による影響か、なんとなく良いイメージばかりが強いモーツァルトですが、実は癖のある人物でした。残っている話や手紙から、とても冗談好きな性格だったことや、強めな下ネタを手紙に書いて送ってしまうような一面があったこともわかっています。

さらにはギャンブル好きだったという噂もあり、借金をした原因や返せなかった原因は、収入が少なかったというよりも、このギャンブル好きのせいだったのではないかとも考えられているようです。

また現在では、当時のモーツァルトの不思議な言動については「サヴァン症候群」だったからではないか、という説もあります。

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