ドミトリー・カバレフスキーってどんな人?その生涯は?性格を物語るエピソードや死因は?

出典:[amazon]Kabalevsky: Pieces for Children

20世紀初頭に生まれ、ソビエトにおいて「最も成功した作曲家」と称されたカバレフスキー。一般的には馴染みのない作曲家だと思いますが、プロコフィエフやショスタコーヴィチ、ハチャトゥリアンと並び「ソビエトの偉大な4人」の1人として音楽史に名を連ねています。特に日本では「道化師のギャロップ」が有名で、運動会で使われる「あの」定番曲を作曲した人物です。そんなカバレフスキーはどのような生涯を過ごしたのでしょうか。今回はカバレフスキーの生涯について解説します。

カバレフスキーの生涯

カバレフスキーの生涯はどのようなものだったのでしょうか。幼少の頃から多方面で才能を発揮したようです。

数学者の父の元に生まれる

カバレフスキーは1904年、ロシアのサンクトペテルブルクに生まれました。父は数学者で、国の保険制度に関わる仕事をしていたそうです。父の才能を受け継いだのか、頭脳明晰だったカバレフスキーは、父から数学の研究を勧められました。しかし数学よりも文学や音楽などの芸術面に惹かれたカバレフスキーは、一家でモスクワに移住したのをきっかけに、スクリャービン音楽学校に通い始めます。音楽学校以外にも、絵画学校や社会経済専門学校に通学したカバレフスキーは、英語など数か国語を流暢に操る秀才だったそうです。

父の反対を押し切り音楽学校に入学

スクリャービン音楽学校を卒業したカバレフスキーは、その後父の反対を押し切り、1925年、モスクワ音楽院に入学します。モスクワ音楽院では、ニコライ・ミャスコフスキーに作曲を学び、作曲の基礎を身につけました。1929年に作曲科を修了し、翌年にはピアノ科を卒業しています。この時期にピアノソナタや協奏曲などを習作しており、「2つのソナチネ」や合唱曲と管弦楽による「戦いの歌」でカバレフスキーは一定の評価を獲得しました。

モスクワ音楽院を卒業したカバレフスキーは、同音楽院で教師を務め、35歳で教授に就任します。モスクワ音楽院で教鞭を取りながら、レーニンを追悼した第三交響曲「レクイエム」やピアノ協奏曲などを発表するなど、その伝統的かつ重厚な作風で成功を収めます。またフランスの作家ロマン・ロランの小説をベースとしたオペラ「コラ・ブルニョン」が大ヒットとなり、この作品は以降のソビエト・オペラの方向性を示したとも言われています。

1939年には全10曲からなる管弦組曲「道化師」を作曲。なかでも第2曲目の「道化師のギャロップ」は、カバレフスキーの作品として今日の日本で最もよく知られるところとなりました。

共産党員として活動

1940年にソビエト共産党に入党したカバレフスキーは、同時代の実験的音楽に関心を示さず、若者向けの交響曲や協奏曲、あるいは少年少女向けのピアノ曲の作成に取り組んだことが評価され、「ソビエト公認の作曲家」としてソビエト共産党から手厚い待遇を受けるようになります。とりわけ第2次世界大戦中に愛国的作品を多く作曲したことが評価され、「ソビエト音楽誌」の編集者にも任命されました。

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音楽教育にも積極的だったカバレフスキーは、多数の学校で音楽教育についてのカリキュラムを設定し、自身も7歳児学級の音楽の授業に携わるなど、ソビエトの音楽教育発展のために尽力しました。

多くの栄誉を受けた晩年

日本ではそれほど知られていないカバレフスキーですが、当時のソビエトでの作曲家の中で「最も成功した作曲家」と称されています。さらにソビエトにおける国家最高賞のスターリン賞を2回受賞し、50代後半には音楽芸術教育の委員長にも就任するなど、晩年のカバレフスキーは実力者として認知されるようになりました。その後も数々の役職を歴任したカバレフスキーは1987年、82歳で帰らぬ人となりました。

カバレフスキーに関するエピソードについて

同時代の芸術家たちが、ソビエト当局によるジダーノフ批判に怯える中、カバレフスキーは比較的平穏に暮らしていたようです。

ソビエト共産党員の意向に沿って難を逃れる

無調性や十二音技法の音楽を模索したプロコフィエフショスタコーヴィチがソビエト当局の監視下に置かれる一方で、早くから共産党員に入会したカバレフスキーは、第2次世界大戦中も、愛国的で平易な作品を発表し、当局の監視をかわしていたそうです。実際、「ジダーノフ批判」にはカバレフスキーの名前も入っていましたが、当局との繋がりがあったため、名前を削除して事なきを得たと言われています。

ショスタコーヴィチのオペラ上演の禁止を延長した

ショスタコーヴィチのオペラ「ムツェンスクのマクベス夫人」は、その内容に問題アリとされ1936年から1956年にかけて上演が禁止されていました(プラウダ批判による)。その間、禁止を延長するかどうかを決定したのがカバレフスキーでした。後にオペラはタイトルを変えて上演されましたが、当局の監視が強かったためカバレフスキーの決定もやむを得なかったのかもしれません。

死因について

カバレフスキーは1987年、82歳でこの世を去りました。比較的最近まで存命だったので、死因について判明しているかと思い調べてみたものの、詳細についてはわかりませんでした。

まとめ

カバレフスキーの人生を紹介しました。長命であったカバレフスキーですが、その生涯が研究されるのはこれからだと思います。あまり有名な作品は残していないものの、カバレフスキーは児童用のピアノ作品を多く作曲し、子供の音楽教育の発展に大きく貢献しました。近年では弦楽四重奏などの作品が見直され録音も増えていますので、機会を見つけてその独特の世界観を聴いてみてはいかがでしょうか。

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