出典:[amazon]ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集(クライスラー)(1935-1936)
レコードが開発された20世紀初頭、その黎明期と共に世界的な人気を博した作曲家フリッツ・クライスラー。クライスラーの優雅で甘いメロディーと、囁くようなヴァイオリンの調べは聴く人に感動を与え、多くの聴衆を魅了しました。とりわけ代表作の「3つの古いウィーン舞曲」は、テレビ、CM、ドラマ、アニメなど日本でも様々なメディアで聴く機会のある名曲です。1888年、13歳の若さで演奏会デビュー後、60年に渡り意欲的に音楽活動を続けたクライスラーの作品には、どのようなものがあるのでしょうか。今回はクライスラーの作品の特徴やおすすめ代表作について解説します。
クライスラーの作品の特徴及び評価について
クライスラーの作品の特徴はどのような点にあるのでしょうか。およそ100年前の日本でも、クライスラーの人気ぶりは絶大だったようです。
クライスラーの偽作問題
クライスラーを語る上で、必ずといって良いほど出てくるエピソードに「クライスラーの偽作」問題があります。クライスラーは旅先の図書館で古い楽譜を発掘し、演奏会で披露することを楽しみにしていました。例えば「ヴィヴァルディの様式による協奏曲」や今回おすすめ作品で紹介する「プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ」などがその代表です。
作品は「〜作曲、クライスラー編曲」の形で発表されましたが、評論家からは「作品は素晴らしいが、演奏は大したことがない」と酷評される始末。これにはさすがのクライスラーも激怒したそうですが、話はここから。
作品発表から数十年経ったある日、新聞社の音楽担当が「クライスラー編曲」とあるのに、原曲がないことに疑問を抱きます。これをクライスラーに問いただしたところ、「〜作曲、クライスラー編曲」とある作品は、全て「自作の作品である」とあっさり認めてしまったのです。
このことが新聞に発表されると、世間では一大センセーションが巻き起こりました。当のクライスラーは「自分の作品ばかりが並ぶのを避けるため」と回答したそうですが、また別の理由として「他の演奏者も演奏しやすいように」というクライスラーの配慮だったと考える識者もいるようです。いずれにしても、世間で大きく取り上げられるほど、クライスラーの評価が高かったことがわかります。
ラフマニノフとの約束
ラジオ放送が全盛期の中、クライスラーは頑なにラジオ放送への出演に難色を示しました。それは、ラジオで音楽を届けることについて懐疑的だったことと、親友ラフマニノフとの約束のためでした。それは「どちらかが生きている間はラジオに出演しない」というもので、
その約束を2人は固く守っていたのです。
しかし1943年、ラフマニノフが亡くなるとクライスラーの心に変化が起きます。その頃は第2次世界大戦の真っ只中で、満足に音楽を聴けない人々や、クライスラーの音楽を心待ちにする地方の人で溢れていました。そんな人々の期待に応えるかたちで1944年、ラジオデビューとなりました。
マイクによる「電気録音」の先駆者
レコードの普及と重なり世界でもトップクラスの売り上げを記録したクライスラー。当時の録音技術は4分までが限度だったため、クライスラーの作品は比較的小規模(短め)の作品が大多数を占めるのが特徴です。しかしマイクロフォンによる「電気録音」の技術が確立すると、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲やベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲など、次々と大作を録音し、こちらもベストセラーとなりました。
日本でも大人気だった
クライスラーはただ一度、1923年5月に来日しています。1923年といえば、その年の9月に関東大震災のあった大正12年です。その頃からすでにクライスラーは日本でも大人気だったようで、「人力車の車夫」までも懐からレコードを取り出し、クライスラーにサインを求めたという逸話も残っています。
帝国劇場で開かれたコンサートでは、8日間にわたりベートーヴェンやブラームス、バッハなどを披露し大好評の内に幕を閉じました。作家・永井荷風の『断腸亭日乗』(荷風の日記)にはクライスラーの演奏会の様子が記されています。ちなみに5月の滞在中に大きな地震が幾度か発生し、クライスラーはとても驚いたそうです。
クライスラーのおすすめ代表作4選
クライスラーのおすすめ作品を紹介します。youtubeで検索すると、クライスラー本人による演奏もアップされているので、興味のある方は是非そちらも見てみると楽しいかもしれません。
ウィーン奇想曲
1902年に作曲された作品です。「奇想曲」とはイタリア語で「カプリッチョ」、フランス語で「カプリース」と発音しますが、どちらも「気まぐれ」を意味しています。その意味の通り、決まった音楽形式はなく自由な作風が求められます。パガニーニの「24のカプリース」などが有名ですね。こちらは「偽作」ではなく、クライスラー本人名義で発表されました。冒頭の「どこか悩ましげで語りかけるようなメロディー」が筆者のお気に入りです。
中国の太鼓
サンフランシスコのチャイナタウンで聴いた、中国の音楽にヒントを得て作曲したと言われています。作品を聴いてみると、確かに中国的雰囲気をどことなく感じますし、とくに演奏方については中国の楽器「二胡」を思わせる場面が魅力的です。演奏時間はおよそ3分という短い作品ですが、クライスラーの観察力と発想力が存分に発揮された作品と言えるでしょう。
前奏曲とアレグロ〜プニャーニの様式による
バロック時代のイタリアの作曲家プニャーニ(1731〜1798)の様式を取り入れた作品です。「前奏曲」とは導入的な役割を持つ音楽形式で、本作ではE(ミ)とB(シ)の音だけを用いたシャープな前奏曲が魅力。アレグロ部分ではバロック時代を連想させますが、クライスラーらしい近代的な雰囲気も随所に加えられた、迫力のある作品となっています。
ロンドンデリーの歌(ヴァイオリン編曲)
世界でもっとも親しまれているアイルランド民謡です。もとは歌詞のない器楽曲だったようですが、現在では様々な歌詞が付けられており、なかでも「ダニー・ボーイ」の名称が有名です。讃美歌としても使用されており、優しく包み込むようなメロディーが多くの人の心を癒します。クライスラーはこの曲をヴァイオリンとピアノ演奏用にアレンジしました。
まとめ
いかがでしたか?今回はクライスラーの作品やおすすめ代表作について紹介しました。どの作品もコンパクトにまとまっていて聴きやすいのではと思います。交響曲や協奏曲(わずかに作曲)などの大きな作品は残していませんが、クライスラーが20世紀を代表するヴァイオリニスト・作曲家であることは間違いありません。また、晩年のクライスラーはハリエット夫人とともに私財を投げ打って慈善活動に貢献したことでも有名です。そんな心優しく、愛情豊かなクライスラーの作品に触れてみてはいかがでしょうか。
>>フリッツ・クライスラーってどんな人?出身やその生涯は?性格を物語るエピソードや死因は?
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