ゲオルク・フィリップ・テレマンってどんな人?出身やその生涯は?性格を物語るエピソードや死因は?

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ゲオルク・フィリップ・テレマン(以下テレマン)は、バッハヘンデルスカルラッティなどと同時代に活躍した、後期バロック音楽を代表する人物です。音楽史上ではもちろんバッハの方が重要人物ですが、彼らが生きていた時代では、テレマンの方が圧倒的な人気を誇っていたと言います。
1990年代以降、テレマンの人気が再燃し始め、その膨大な作品群が見直されつつあります。そんなバロック時代を代表するテレマンはどのような人生を歩んだのでしょうか。
今回はエピソードを交えつつテレマンの生涯を解説します。

テレマンの生涯

86歳という当時としては大往生だったテレマン。そんな彼は、まさに仕事人間と言える生涯を送りました。

生い立ち

ゲオルク・フィリップ・テレマンは1681年、ドイツ東部マクデブルクに生まれました。バッハやヘンデルよりも4つ年上で、彼らよりも長命でした。父ハインリヒは牧師でしたが、テレマンが4歳の頃にこの世を去っています。

人生の早くから楽才を発揮したテレマン。小学校の頃からヴァイオリンやリコーダーを演奏し、10歳でドイツ文学や詩の世界に触れ教養を高めます。すぐれた教師に指導を受けたと思いきや、楽器演奏だけではなく、楽譜の書き方もほぼ独学だったそうです。

音楽の道を志したテレマンですが、母の猛烈な反発により、法学を学ぶためにライプツィヒに向かいます。このときに若きヘンデルと知り合い、以降2人の交流は生涯にわたり続くことになりました。進学したライプツィヒ大学では、法学を学ぶかたわら、学生と市民で作られた楽団を指導し音楽活動にも積極的だったと言います。

その後アイゼナハの宮廷に招かれたテレマンは、宮廷お抱えの秘書に就任。礼拝堂の楽団組織作りを担当しています。また、当時宮廷オルガニストを務めていたバッハにも知り合い、ヘンデルとともに、生涯にわたり親交を深めることになりました。

その一方で、バッハとヘンデルの交流が深まらなかったというのは歴史の面白いところですね。

ハンブルク時代

その後、40歳でハンブルクに招かれたテレマンは、同地で音楽監督に就任。これはテレマンの人生にとって大きな転機となり、亡くなるまでの46年間をハンブルク市の音楽活動に捧げることになりました。

またその間、ドイツ中部のバイロイト宮廷からも声がかかり、音楽楽長を務めています。バイロイトといえば、ワーグナーで有名ですね。
バイロイトでも作曲活動に専念したテレマンは、毎年のように歌劇を作曲し、聴衆から歓迎されたと言います。これらの活動以外にも、ロシアからも楽長就任の要請があったようですが、「腰を落ち着けたい」との理由からロシア行きは実現しませんでした。

1737年、56歳となったテレマンはパリを訪れます。そこでは弦楽四重奏曲やソナタ集を出版し、パリでも高い人気を獲得しました。その他、協奏曲やカンタータなども作曲し、コンセール・スピリチュエル(フランスの宗教音楽演奏会)では、大成功を収めたと伝えられています。

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死因は?

テレマンの作曲意欲は晩年になっても衰えず、86歳で亡くなるまで仕事漬けの毎日だったそうです。しかし1736年6月25日、呼吸器の病に倒れたテレマンは、その後衰弱によりこの世を去りました。

性格を物語るエピソードについて

テレマンのエピソードを紹介します。テレマンは中流階級の生まれでしたが、音楽の才能だけではなくビジネスマンとしての才能も備えていたようです。

ビジネスマンとしても一流

バロック期の作曲家はおもに貴族や宮廷からの依頼で生活するのが一般的でした。つまり、依頼がなければ極貧生活だったわけです。
幸いなことにテレマンは生涯にわたり人気を博しましたが、それはビジネスマンとしての才能によるものも大きいかもしれません。

とりわけ、市民を含む富裕層を相手にした「楽譜販売」は当時大きな反響を呼び、ヨーロッパ中から注文が殺到したとそうです。また、コスト削減のために「予約注文」で販売したのも、テレマンの商才と言えるでしょう。

結婚相手に恵まれず

ビジネスで成功を収めたテレマンですが、家庭生活は成功とは言えなかったようです。最初の妻と結婚し、娘が生まれますが、わずか1年余りで死別。

次に結婚した女性とは9人の子供をもうけましたが、妻の浮気やギャンブルがもとで莫大な借金を背負い、テレマンは危うく破産寸前に追い込まれます。
最終的に2番目の妻はテレマンの元を去ったそうですが、結婚運には恵まれなかったようですね。

音楽家としてもっとも多くの作品を残した

古今東西、これまで多くの作曲家が生まれ、作品を世に残してきました。そんななかでも、テレマンはもっとも作品を残した作曲家としてギネス記録に認定されています。

その数なんと4000曲。バッハやヘンデルも多作な作曲家でしたが、2人の作品数を合計しても及びません。そのジャンルは多岐にわたり、現在も作品の編纂(へんさん)が続けられています。もしかしたら、今後も新たな名作が発見されるかもしれませんね。

まとめ

今回はテレマンの人生を紹介しました。後期バロック時代に分類されるテレマンですが、長寿だったため、古典派のハイドンなどにも大きな影響を与えたと言われています。

また近年では、その作品が見直されつつあり演奏される機会も増えてきました。バッハやヘンデルも素晴らしいですが、この記事をきっかけにテレマンの美しい作品にも触れてみてはいかがでしょうか。

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