グレン・グールドってどんな人?その生涯や性格は?結婚してた?死因は?

出典:[amazon]58年のゴールドベルク変奏曲 / グレン・グールド (J.S.Bach GOLDBERG VARIATIONS 1958 RECOADING / Glenn Gould) [CD] [国内プレス] [日本語帯・解説付き] [Live]

数多くいるピアニストの中でも、グレン・グールドほど異彩を放ち、オリジナリティに溢れたピアニストはいないのではないでしょうか。わずか14歳でコンサートデビュー、20代で伝説的な「ゴールドベルグ変奏曲」の録音を残したグレン・グールドとはどのような人物だったのでしょうか。今回は、50歳という若さでこの世を去ったグレン・グールドの生涯をご紹介します。

グレン・グールドてどんな人?

20世紀を代表するピアニストの1人グレン・グールド。グールドの演奏スタイルはあまりにも独特であり、音楽的解釈も非常にユニークなものでした。31歳で最後のコンサートを終え、聴衆の前から姿を消したグレン・グールドに迫ります。

グールドの生涯

グレン・グールドは、1932年カナダのトロントで生まれました。両親とも音楽に関わっていたこともあり、3歳で母からピアノを習いはじめ、わずか7歳でトロントの王立音楽院に合格する天才少年でした。その後14歳でベートーヴェンのピアノ協奏曲を演奏し、本格的にピアニストとしてデビューを果たします。

20代になると、グールドの評価はさらに高まりました。1955年、初のアメリカでの演奏会は大成功をおさめ、グールドの演奏は「いかなる時代にも彼のような演奏家を知らない」とワシントンポスト誌で絶賛されるほどでした。また、グールドのデビューアルバム「ゴールドベルグ変奏曲」は、クラシック音楽でありながら音楽チャートで1位を獲得するという異例の事態を巻き起こしました。

グールドは第二次大戦以降、ソビエト(現ロシア)にて、北米人初の演奏旅行をした音楽家としても知られています。グールドの演奏は、ソビエトでも高い評価を受け「バッハの再来」とまで評されるほどでした。さらに、当時世界的なチェリストであったムスティスラフ・ロストロボーヴィチもグールドの演奏を絶賛したと言われています。

その後も、カラヤンやバーンスタインなどの多くの世界的指揮者と共演し、グールドの評価は世界的なものとなっていきました。しかし、31歳のときに行ったシカゴでのコンサートを最後に、グールドはコンサート活動から身を引き、以降はラジオやレコード録音、テレビ番組のみで演奏家活動を開始します。

コンサート活動を引退したグールドは、ラジオドキュメンタリー番組を放送したり、レコード録音に集中するようになりました。グールドが亡くなる前年には、自身2度目の録音であるバッハの「ゴールドベルグ変奏曲」を発表。この録音は現在でも多くのクラシック音楽愛好家に愛される名盤となっています。

2度目の「ゴールドベルグ変奏曲」を録音した翌年の1982年、グールドは脳卒中で倒れ緊急搬送されました。しかし病状は回復することなく、50歳という若さでこの世を去りました。グールドの墓跡にはゴールドベルグ変奏曲の一節が刻まれています。少しおおげさかもしれませんが、グールドの音楽活動は、「ゴールドベルグ変奏曲に始まりゴールドベルグ変奏曲で終わった」と言えるのかもしれません。

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グールドの死後、彼の偉大なる功績を讃えてグレン・グールド賞が制定されました。日本人では、世界的作曲家の武満徹が受賞しています。

性格

幼い頃から不眠や情緒不安定に悩まされていたグールドは、大量の処方薬が手放せなかったと言われています。周囲とも打ち解けることができず、同年代の友人とは全く遊ばなかったそうですが、動物はこよなく愛していたそうです。グールドにとっては、他人といるよりも音楽や動物と触れ合う方が、心の平穏を保てたのかもしれません。

有名なエピソードとしては、1年中コートにマフラー、帽子を身につけていたという話や、音楽的解釈(テンポ)をめぐって世界的指揮者のバーンスタインと言い争いになったことなどがあげられます。また、大変な偏食家で、極度の潔癖症だったそうです。

このようなエピソードを聞くと、グールドの頑固さや強い執着といった性格がうかがえますが、現在では、グールドは自閉症の1種である「アスペルガー症候群」であったのではないかと考えられています。

結婚は?

グールドは生涯独身でした。異常な神経質と潔癖から、生涯孤独であったと思われがちですが、実はそんなことはありません。ラジオ音楽を共同制作することになった、指揮者ルーカス・フォスの妻コルネリアに猛烈に恋をし、結婚を申し込んだそうです。紆余曲折あり2人は一緒になることはありませんでしたが、グールドが心から愛していたのは間違いないでしょう。

グールドの死後、仲間たちが遺品を整理していると、遺品のなかから「恋文」が発見されました。誰に宛てた物かは不明ですが、もしかしたらコルネリア宛てだったのかもしれません。

死因

グールドは脳卒中で亡くなりました。幼少の頃から大量に服用していた処方薬や、極度の神経過敏と偏食が招いた結果なのかもしれません。当時はアスペルガー症候群に対する知見もなかったため、大きな精神的ストレスを抱えて苦しんでいたようです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は鬼才グレン・グールドの生涯をご紹介しました。グールドは自分自身のことを、「ピアニストではなく音楽家か、ピアノで表現する作曲家である」と述べていました。ピアノ表現にとどまらず、指揮や作曲にも積極的だったグールドの思想が垣間見える言葉です。
病に苦しんだグールドの生涯は、わずか50年という短いものでしたが、後世に多大な影響を残したのは言うまでもありません。これを機会に、ぜひグレン・グールドの演奏を聴いてみてください。

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