音楽大学で指揮のレッスンを受ける際に心掛けておくこと

様々な音楽経験を通して、あなたが本気でプロの指揮者になろうと決心したなら、音楽大学などで指揮のレッスンを受けることになるでしょう。音楽大学の指揮科の入学試験については今回は触れません。実際にプロになるためのレッスンはどのようなものか、まとめにかえて少しご紹介します。

指揮のレッスンは楽器と違い、ある程度決まったメソッドがあるわけではありません。自分がつく先生によって本当に様々です。先ほどご紹介した、技術的なことや斎藤指揮法を徹底的に学ぶ場合もあれば、技術にはほとんど触れずに、曲の解釈や作曲家の想いという精神的なことを中心に伝えようとする先生もいらっしゃいます。

例えば、ブラスバンドなどの指導者としての指揮者を目指すなら技術を身につけることが大切ですが、プロオーケストラと共に仕事をする指揮者になろうとするなら、技術はあって当たり前で、その上でどれくらい豊かな音楽性を持っているかも大切になるでしょう。

豊かな音楽性を培うためには、もちろん自分自身の自由な発想も大切ですが、クラシック音楽を演奏するならば伝統を無視することはできません。例えば、AllegrettoとAllegro moderatoはどちらが速くあるべきかでしょうか?rallentandoとritardandoの違いはどうでしょう?このように楽語ひとつとっても、中学校や高校での音楽の授業だけでは分からないことがたくさんあります。それをひとつひとつ過去の作曲家たちの楽譜とにらめっこして研究していかなくてはならないのです。

指揮者は人間関係も大事

このような研究に加えて、指揮者として仕事を得るためには人間関係においても学ぶことがたくさんあります。
一度でもなんらかの形で指揮をしたなら、それがいかに大切で難しいことか分かると思います。「言うことを聞いてくれないクラスメイトがいる」「指揮を見てくれない」など、こんなことはプロになってもしょっちゅう起こります。指揮者とは音楽や言葉を通して、すべての奏者ときちんとコミュニケーションを取れなくてはならないのです。

もしあなたが本気で指揮者を目指していて、その日出会った人に自分から元気に挨拶ができないならあきらめた方がいいかもしれません。もしくは、明日から挨拶をしましょう。

もし、歩きながらスマートフォンを使ったことがあるなら、指揮者になるのはやはりあきらめた方がいいかもしれません。周囲に気遣いができない状態をよしとする人は一流の指揮者にはひとりもいません。あきらめるか、歩きスマホはやめるべきです。

このような礼儀についても音楽大学では厳しく指導されます。
少し厳しい言い方になりましたが、技術と同時に、指揮者には求められる人間像があることも知っておいてもらいたいと思います。

しかし、たとえプロにはならなくても、指揮者という仕事のやりがいは大きいものだと思います。演奏し終わった後の達成感や爽快感はなかなか味わえるものではありません。もし、学校などで指揮者になれる機会があって、少しでも興味があるならば是非、恐れずにチャレンジしてみてください。きっと素晴らしい体験ができると思います。そしてその時は、少しでもたくさん、ご紹介したような音楽の勉強をしてみてください。勉強した分だけ指揮をする喜びが増していくのも指揮者という役目の魅力だと思います。

指揮者の楽曲解釈

私は音楽家を志す前に国文学を研究していました。
学者が文学を研究するには様々な切り口がありますが、現代もっとも主流となっているのは「テクスト論」というやり方です。つまり、作品に書かれている言葉だけを研究対象にし、「『人間失格』のこの部分には太宰の〇〇の経験が反映されている」なんて考え方はしません。作品と作家は完全に切り離されるのです。

音楽研究も、解釈の正確さを求めるならそうあってしかるべきです。作曲家の人生と作品を結びつけてしまうとどうしてもそこには想像が入り込んできます。それでは論文になりません。ベートーベンの交響曲5番の冒頭をシントラーが言うように「運命が扉を叩く」ように演奏しようと、ツェルニーが言うように鳥の鳴き声のように演奏しようと、正しさとは関係ないのです。

しかし、指揮者は学者ではありません。遠回しな言い方をしましたが、指揮者の楽曲解釈とは必ずしも学術的な正しさを根拠にしているわけではないのです。

研究はもちろん必要です。様々な文献を読んでその楽曲がどのように演奏されるべきかを考えます。しかし、研究とは時間が止まったもの、死んだものを対象にします。それに対して、実際の演奏は生きています。死んだものにもう一度命を吹き込むにはそこにはやはり人間の想像力が必要になります。

そこで、私は作品を作曲家の日記としてとらえます。文学研究で言うと「作家論」と呼ばれる、時代遅れの作品研究のやり方に似て、作曲家は自分の想いを音符に託したのだという考えをベースにします。

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ですので、私の場合、作品解釈の第一歩は作品がつくられた時の作曲家の様子を知ることから始まります。誰かに恋をしていたのか、失恋をしていたのか。生活が苦しかったのか、子供が生まれて喜びに満ちていたのか、というようなことです。お分かりかと思いますが、このようなことは論文にはなりません。本当に作曲家がどんな気持ちでいたのかなんて誰にも証明できないのですから。

しかし、正しさの根拠がないと知りながらあえてそれをします。音楽家は研究者ではなく芸術家ですから、再現された音楽がどう響くかによって、可逆的に解釈の正当性を証明することができるのです。言い方を変えれば、音楽家は常に、解釈の不完全さを演奏の完全さでカバーしていくという責任を負っているとも言えます。

お酒を考えてみてください。私たちはその成分や人体に与える影響を知らなくても楽しむことができます。おそらく、お酒を最初に発見?発明?した人も知らなかったでしょう。指揮者が音楽を再現する作業はこのことによく似ていると言えるかもしれません。

ベートーベンの交響曲について

具体的として、ベートーベンの楽曲の私の解釈をご紹介したいと思います。
ベートーベンとモーツァルトはそれぞれどの国の作曲家かご存じでしょうか。ベートーベンはドイツ、モーツァルトはオーストリアですね。しかし、(もちろん、国という概念は今とは違いますが)どちらも生まれた国は神聖ローマ帝国です。亡くなった都市についてはどちらも同じウィーンです。しかし、国はというと、モーツァルトはやはり神聖ローマ帝国ですが、ベートーベンはオーストリア帝国ということになります。

モーツァルトはナポレオンによる神聖ローマ帝国解体を知らずに亡くなりました。しかし、ベートーベンはちょうど交響曲5番や6番を作曲している時期に、フランス軍によるウィーン包囲を経験します。国の名前が変わるほどの戦争を身近で経験することが作曲家になにも影響を与えなかったとは私には考えられないのです。したがって、ベートーベンの7番以降の交響曲や、モーツァルトの晩年の作品を考えるとき、私はいつも、フランス革命が作曲家に与えた影響を考えることにしています。

1809年にベートーベンがブライトコプフ社に宛てた手紙を引用します。
「またなにか恐ろしい事件がおこっても、二度とまた狼狽しないだけのものを天はあたえてくれました。また数百万人という人々が同じくする運命を心配に思うでしょうか」(岩波文庫『ベートーヴェン書簡集』より)

書簡というものも研究においてはそれだけではあまり信用はならないですが、それでも生々しい作曲家の様子が伝わってくるように感じます。彼はこの時期、フランス軍の攻撃のさなか、経済的に困窮しました。しかし、その逆境において同じ境遇の人々に目を向けることで、新たに生きる希望を得たように私は感じるのです。そして、ハイリゲンシュタットの遺書にある絶望との対比を考えたときに、この戦争がむしろベートーベンに何かしらの霊感と強さを与えたように思うのです。

このようなストーリーをたとえば交響曲の7番に落とし込んでいきます。大砲が飛び交う冒頭から古い自意識との決別を経て人類愛に向かうような流れを、日記として音に乗せていくわけです。繰り返しますがこれは私の想像にすぎません。しかし、上手くいくときはすべての楽章のすべての音がひとつの物語の中におさまってくれます。

その結果、そのコンサートで私がベートーベンを演奏することの意義が生まれるように思います。もちろん、聞いて下さる方々が私の考えたことと違うことを演奏から感じ取ってくださってもそれはまた別の問題です。言葉で説明することはなくても、「私たちは今夜、このようなメッセージを持ってこの曲を演奏しています」と迷いなく断言したいのです。

人類愛と書きましたが、ベートーベンがその代弁者のように解釈され、後期ロマン派の流れを汲む指揮者たちによって、とても重厚に演奏された時代がありました。現代の人間が聞けばあまりに冗長に感じるかもしれません。しかし、その時代にはそういう音楽が求められ、人々の心を震わせていたのです。おそらく、当時の巨匠たちもやはり、その遅すぎるテンポの学術的な正確さについて、さほど重要に考えていなかったと思います。そして、後世において自分たちの解釈が否定されるかもしれないことも意に介していなかったのではないでしょうか。

同様に、私たちの想像力によって現代でも様々なベートーベンが生まれ、そして消えていきます。同じ演奏は二度とできません。クラシック音楽はポップス音楽などに比べて自由度が低いように思われがちですが、解釈の多様性について言えば、クラシック音楽もまた、豊かであるように思います。

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