ジョージ・セルとはどんな人物?出身やその生涯は?性格を物語るエピソードや死因は?

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20世紀を代表する世界的指揮者ジョージ・セル。その精緻な指揮ぶりと音響のダイナミズムは、クラシックファンから現在も高い評価を獲得しています。師リヒャルト・シュトラウスから大きな影響を受けたのち、低迷していたクリーブランド管弦楽団を国際的な楽団へと成長させたその手腕は、帝王カラヤンでさえ恐縮するほどだったと言います。

そこで本記事では、アメリカ5大オーケストラの1つ、クリーブランド管弦楽団の黄金時代を築き上げたジョージ・セルについて紹介します。ユニークなエピソードも多く残している人物ですので、ぜひ最後まで読んで参考にしてください。

ジョージ・セルの生涯

ジョージ・セルの生涯について紹介します。20世紀を代表する指揮者となったセルですが、キャリアの始まりはピアニストからでした。

モーツァルトの再来と賞賛される

ジョージ・セルは1897年、ハンガリーに生まれました。ハンガリー人の父とスロバキア人を母に持つセルは、幼少の頃から優れた楽才を発揮し、3歳でウィーン音楽院にてピアノや指揮、作曲理論を学んでいます。

とりわけピアノ演奏において卓越した才能を示したセルは、地元新聞に「次世代のモーツァルト」と評され、わずか11歳でピアニスト・作曲家としてヨーロッパへの演奏旅行を行っています。その後16歳で指揮者デビューを果たしたセルは、ピアニスト、指揮者、作曲家として、早くから世界的な注目を集め始めました。

そして1915年、18歳になったセルにとって重要な転機が訪れます。
それが、ロマン派の巨匠リヒャルト・シュトラウスとの出会いです。セルの並外れた音楽的才能に関心を示したリヒャルト・シュトラウスは、セルをベルリン・オペラに招待し、これ以降2人は師弟として交流を深めるようになります。

リヒャルト・シュトラウスとの出会いから

ピアニストから転身し、本格的に指揮者としての活動を始めたセル。
ベルリン・オペラを退任後は、オットー・クレンペラーの後任として、ストラスブール管弦楽団の首席指揮者、プラハ、ダルムシュタット、そしてベルリン国立歌劇場の首席指揮者などの重要なポストを歴任します。

やがて第2次世界大戦が始まり、家族を連れてニューヨークへと活動拠点を移したセルは、アメリカでの指揮活動を開始。その後、メトロポリタン歌劇場でアメリカデビューを果たすと、パウル・ヒンデミットやルドルフ・ゼルキンらと室内楽トリオを結成するなど、指揮者兼演奏家として人気を博しました。

そして1946年、アメリカの市民権を取得したその年に、クリーブランド管弦楽団の首席指揮者に就任。以降、およそ20年にわたり同管弦楽団の指揮者に君臨し、クリーブランド管弦楽団を国際的な管弦楽団へと育てあげます。

ジョージ・セルの晩年

クリーブランド管弦楽団をはじめ、世界各国で客員指揮者として精力的に活動したジョージ・セル。なかでも1949年から初参加したザルツブルク音楽祭では、亡くなる前年の1969年まで意欲的に参加し、音楽祭の常連として世界中のクラシックファンに演奏を届け続けました。1970年5月には日本万国博覧会の開催を記念して初来日を果たすなど、日本のクラシック音楽界にも歓迎を持って迎えられています(日本では8回の公演が行われました)。

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しかし同年、かねてから患っていた癌が悪化。日本から帰国してからわずか2ヶ月後の7月30日、多発性骨髄腫のため73歳で帰らぬ人となりました。遺体は荼毘に付され、ジョージア州の墓地に妻とともに眠っています。

セルの没後、クリーブランド管弦楽団の後任にはロリン・マゼールが就任し、新たな体制での再出発を果たしています。

ジョージ・セルのエピソードは?

さまざまなエピソードで有名なジョージ・セル。
今回は数あるエピソードの中から、彼の性格を物語る伝説を4つ簡単に紹介します。

リヒャルト・シュトラウスも絶賛

17歳という若さで指揮者デビューを果たしたジョージ・セル。
ピアニストから指揮者への突然の転校は、周囲だけでなくセル本人もとまどったと言われています。

しかしそんな彼を温かく支えたのが、作曲家リヒャルト・シュトラウスでした。
そして、いち早くセルの指揮者としての才能を見抜いたリヒャルト・シュトラウスは、アシスタントとしてセルを採用し、音楽を学ばせました。

リヒャルト・シュトラウスはセルの指揮について、「自分の音楽をこれほど完璧に演奏してくれる人がいると知ったら、幸せな死に方ができる」と語り、セルを絶賛しています。

トスカニーニと怒鳴られる

セルは楽団員も困惑するほどの厳しいリハーサルを行ったことでも知られ、楽団員に対して激昂することも少なくなかったと言います。

そんな噂を聞きつけたのが、もう1人の激昂王、指揮者アルトゥーロ・トスカニーニです。
ある日、セルのリハーサル風景を見学したトスカニーニは、セルの態度に苛立ちを覚え、その場でセルを怒鳴りつけたと伝えられています。

なお、トスカニーニの怒りは一時的なもので有名ですが、セルはいつまでも覚えている「ネチネチタイプ」だったそうですよ。

超神経質な性格

音楽に関してだけでなく、セルはプログラムの書き方やコンサート会場のセッティング、果ては舞台のワックスの仕上がりにもこだわったと言われています。

セルは誰もが認める神経質な人物でしたが、それもこれも「良い演奏を提供したい」という思いによるものでした。
そ実際、セルが監修したコンサート・ホールは当時最高クラスの音響設備となり、聴衆に優れた演奏を届けることに成功しています。周囲の人は苦労したかもしれませんが、芸術家らしいエピソードです。

帝王カラヤンも尊敬

クラシック音楽を聴かない人でも、一度は聴いたことがあるであろう指揮者の帝王カラヤン。そんなカラヤンが尊敬した人物がジョージ・セルでした。
晩年のカラヤンの存在感からすると想像がつきませんが、セルを前にしたカラヤンはあまりの緊張で萎縮し、小声でしか受け答えできなかったそうです。

このエピソードから、セルが20世紀の指揮者の中でもいかに重要な人物だったかがわかりますね。

ジョージ・セルの演奏風景

古典派の作品から、リヒャルト・シュトラウスなどのロマン派作品まで幅広いレパートリーに定評のあるジョージ・セル。
その中でも、伝統的なドイツ音楽を得意とした彼は、ハイドンやベートーヴェン、そしてブラームスなどの作品で優れた録音を残しました。

上述のように、厳しいトレーニングで知られたセルですが、それは何よりも「作品の完璧さ」を目指した結果なのかもしれません。
今回は数ある名演の中から、ベートーヴェンとブラームスの演奏を紹介します。
荘厳かつ重厚なドイツ音楽の再現をお楽しみください。

正確なテンポと繊細な弦楽が魅力です。

作品が持つ厚みが遺憾無く再現されています。

まとめ

今回はアメリカの大指揮者ジョージ・セルについて解説しました。
セルの繊細で正確な指揮ぶりは、聴いている人の心に安心感をもたらしてくれます。
セルの演奏は、わかりやすさにおいても定評があるため、クラシック音楽初心者の方にはピッタリの指揮者かもしれません。

今までセルの演奏を聴いたことがない方は、この記事を機会に彼の演奏に触れてみてください。きっと、これまでとは違ったクラシック音楽体験ができると思いますよ!

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