本格的なオーケストラの指揮者になろうと思えば、棒を振るテクニックだけではなく、楽器を習得したり、音楽の理論や歴史について学んだりと、身につけなくてはならないことが山のようにありますが、ここでは、もっと身近な、例えば、学校の合唱コンクールやブラスバンドでの指揮に役立つ入門をご紹介いたします。
楽譜を読んでみよう
音を把握しよう
①音程
あなたは今、ブランバンドの指揮者に抜擢されました。そして分厚いスコアを手渡され、練習開始までに準備をしなくてはなりません。
まずはスコアを開いてみましょう。バンド全体のパートが順に書かれています。ブラスバンドはパートが多いので、その音符は細かくて、初見で理解できるようなものではありません。合唱の楽譜でも、ピアノの伴奏に加え、3つか4つ歌のパートが書かれています。
あなたがもしフルート奏者ならばト音記号は楽に読めるでしょう。でも、へ音記号はどうでしょうか?スムーズに音名を言っていくことはできますか?もし、ピアノを習ったことがあるならば、へ音記号も大丈夫かもしれませんね。それでは、クラリネットパートはどうでしょうか?フルートと調号が違いますね。もしin B♭で書かれた楽譜ならば、実際に演奏される音はすべて2度低くなります。レと書かれていればドの音が鳴るのです。
もし、良い指揮者になりたいなら、どの楽器がどんな音を出しているか把握したいですよね?それでは、すべの音に実際に出る音の音名をフリガナのように書き込んでいきましょう。大変ですが、いろいろな種類の楽譜を読めるようになる訓練にもなります。
次に、ピアノかキーボードで、各パートの音を1パートずつ弾いてみましょう。ピアノの技術は必要ありません。テンポ通りに弾けなくても、実際にどんな音の並びになっているのか耳で確認してみるのです。合唱の指揮者ならこの作業はとても大切ですね。自分の元々のパートだけではなく、他のパートがどんなメロディーで歌っているのか知っておきたいところです。ここで、歌が得意なら、すべてのパートで歌えるようになっておけばとてもかっこいいです。
指揮者には良い耳が必要だと言われます。良い耳というのはどうやって作られるのでしょうか?「自分が歌えないものは聞こえない」というのが原則です。ポップス曲のハモリパートってなかなか聞き取れないですよね。でも、実際に自分でハモリパートを歌えるようになれば簡単に聞き取れるようになります。各パートの音をきちんと把握できて初めて、練習中に間違いを直す指示も出せるようになるのです。
②リズム
音程の理解とリズムの理解は、最初は分けて行うべきでしょう。①で説明した音程の勉強をしているときはあまりリズムのことは気にしないようにしてください。そして、次にリズムを把握するときにはとりあえず音程は無視してみましょう。
リズム練習にはメトロノームが欠かせません。おおよそ完成のテンポに近いテンポでメトロノームを打ちながら、各パートのリズムを、楽譜をよく見て、手で机を叩くことで打ってみましょう。慣れてきたらTaやNaというはっきりした言葉で歌ってみましょう。このときに、入りのタイミングだけでなく、音を伸ばす長さもきちんと意識しましょう。また、アウフタクトの長さは適当になりがちなので、アウフタクトが8分音符なのか16分音符なのか、なども意識しましょう。
そうして、慣れてきたらその歌に①で勉強したメロディーを足してみてください。その時は、音名で歌ってもいいですね。リズムはあやふやにとらえている場合が多く、意外な発見が多いと思います。
バンド全体の構成を確認しよう
今まではパートごとの音を読んできました。次は、全体的にとらえてみます。
たくさんの楽器がありますが、よく見ると同じ動きをしているグループに分けられると思います。リズムを作っているパート群、ハーモニーを作っているパート群、メロディーを担当しているパート群と、曲の構成が見えてくるのではないでしょうか。それでは、視覚的に分かりやすくするために、例えば同じ役割をしているパートを同じ色の蛍光ペンなどでマークしてみるのはどうでしょうか?そうすれば、練習のときにも、チューバとコントラバスとユーフォとトロンボーンでリズムの練習をしよう、など、効率的に練習を進めるアイデアが出やすくなります。また、そうすることで、どのパートがどのタイミングで入ってくるかも把握できると思います。指揮をするときは是非、入ってくるパートに向かって指示を出したいところです。
楽語を確認しよう
音楽の授業でも、AllegroやAndanteなどの速度記号、pやffなどの強弱記号などを習ったと思いますが、楽譜か書かれているすべての記号をもらさずにチェックしましょう。そうして徐々に、自分の頭の中で楽語に従ってその曲のイメージを作り上げていきましょう。
練習のときにはゆっくりしたテンポで練習することもありますが、この時点で、最終的にどれくらいのテンポで演奏するのかもしっかり決めてしまいましょう。
ブラスバンドでも合唱でも、テンポのキープは指揮者の大きな役目です。自分のテンポに自信をもって練習に臨めるようにしたいですね。
もし、楽譜を見ているだけではイメージがわかない場合は、楽譜を見ながら、実際の模範演奏を聞いてみるのも良いかもしれません。そして、楽語通りに、音量を落としたり、優しく演奏したりしているのを確認してみてください。
その先の表現へ
ここまではいわば下準備のようなものです。曲全体を理解した上で、各パートのバランスを調整したり、音の形を際立たせるためにリズムを調整したりと、考えなくてはならないことが次々と現れます。しかし、どんな表現もまずは楽譜への理解があって初めて生まれるものです。あせらずにじっくり楽譜を勉強してみてください。
実際に指揮を練習してみよう
指揮棒の動きのルール
では、実際にどのように指揮棒を動かせばいいのでしょうか。音楽の教科書にも書かれていますが、指揮をする上では拍子によって決まった、右腕で描くべき図形があります。四拍子と三拍子の形は見たことがある人も多いのではないでしょうか?実は、教科書通りの図形を描く必要はありません。まず、プロの指揮者なら誰でも知っている、四拍子と三拍子の振り方の規則を説明します。
まず、どちらも一拍目は体の中心で垂直に振り下ろすことになっています。三拍子の場合、三角形に近い形になって、一拍目が自分から見て左にずれている場合がありますがあまり歓迎されません。しっかり垂直に振り下ろされることで、一拍目だと理解されるのです。そして、次に、四拍子ならば三拍目は一拍目より右側(自分から見て)に作るというのがルールになります。三拍子ならば二拍目が右側にきます。
実は、これだけなのです。あとはどんなに自由に振ってもかまいません。四拍子ならば一拍目と三拍目の位置が安定しさえすればいいのです。
図形に従ってテンポをキープする
正しい図形が理解できれば、メトロノームを使って練習してみましょう。教科書の図形を見ると気が付きますが、各拍の間の距離は一定ではないですよね?つまり、同じ速度で腕を動かすと、テンポが一定ではなくなってしまうのです。間隔が短ければゆっくりと、長ければ速く動かす必要があります。テンポが一定になるように何度も図形の描き方を練習してみてください。このときに、全身が映る鏡があるとよいと思います。
練習はまず右手だけで行ってください。左手は、音楽の表現や楽器の入りを指示したりするのに使いますが、右手の動きが安定してから付け足していくほうがいいでしょう。
打点を作る
ここで考えてみてください。指揮棒の動きと奏者の音では、どちらが先行するべきですか?答えは簡単ですよね。指揮者が演奏を導くわけですから、指揮棒が演奏より遅れることはありえません。もし、指揮棒が演奏のあとについていくならば指揮者は音楽に合わせて踊っているだけになります。練習を重ねていけば、指揮者がリードしなくても音楽が流れていくようになりますが、そのときに自分もその音楽にあわせて振ってしまうと、指揮者の意味はなくなります。
しかも、そういうとき、指揮者はとても気持ちよくて、あたかも上手に指揮できている錯覚に陥りやすいのです。これは初心者にとっていちばんの落とし穴だと思います。もちろん、音楽に没入することは大切ですが、常に自分の作る拍子で奏者が演奏しているという意識を持ってください。
そうするために、次に打点についてお話しします。
打点とは拍の場所のことです。1拍目、2拍目、3拍目、4拍目はいったいどこに存在しているのでしょうか。答えは、「指揮棒を上げる瞬間」です。指揮とは指揮棒を下ろすことではなく、上げることによって成り立つのです。
詳しく説明します。まず、1拍目だと思って指揮棒を上から下に振り下ろしてください。多くの人はこの動作を1拍目と勘違いしているのですがそうではありません。そこから、みぞおちのあたりまで指揮棒が下りたときに、2拍目に向かって指揮棒を上げなくてはならないはずです。実は、その上げる瞬間が1拍目なのです。腕を鋭く振り上げて鋭角を描いてみてください。その頂点に拍が存在し、それを打点と呼びます。打点については様々な方が動画サイトで説明していますのでご覧になるのもいいと思います。ただ、打点を作ることは大変奥が深く、どこの筋肉を用いて、いかに正確に、様々なニュアンスを表現しながら作るかという課題に、指揮者はずっと取り組むことになります。
では②で練習してみた図形に打点を加えてみましょう。拍のタイミングで鋭く腕を振り上げてはっきりとタイミングを伝えられるようになりましょう。このときにもうひとつ意識してもらいたいのは打点の高さです。拍ごとに高さが違うと奏者は混乱してしまいます。おおよそ、みぞおちのあたりの一定の高さで打点を作るようにしましょう。
どうでしょうか?指揮の実際的なスキルの第一段階はここにあります。これを身につけることができれば指揮者としての第一歩を踏み出したと言えるでしょう。
ある程度慣れてくれば、最初に図形を練習した時よりも指揮棒の動きが先行していると感じられるでしょうか?これが、テンポに対する正しい指揮のタイミングと言えます。プロの指揮者の中にはテンポよりもかなり指揮が先行する指揮者もいます。打点からかなり遅れて音が出てくる演奏もよく見られます。しかし、最初は、腕を振り上げる打点とメトロノームのタイミングとが完全に一致する状態を目指してください。
指揮による表現
ご存じの通り、指揮者はテンポを指示しますね。ここまでお話ししてきた指揮の技術も、いかにはっきりとテンポを指示するかということでした。しかし、もちろんそれだけではありません。指揮者の可能性は言ってみれば無限大で、他にも次のようなことを表現することができます。
①リズム感
速めの曲で生き生きとした、はっきりとしたリズムのときは、先ほどの打点をより鋭く作ってみましょう。反対に緩やかな、静かな曲だと、腕も滑らかに動かした方がいいでしょう。ただし、そのせいで打点がぼやけることがあっても、自分の頭の中でははっきりと、どこに拍があるのか理解しておきましょう。
②強弱
指揮棒が描く図形の大きさで強弱を表現することもできますね。注意したいのは、図形の大きさが変わってもテンポが一定になることです。また、クレッシェンドやデクレッシェンドは同時に左手でも指示を出したいです。
③各パートの入り
右手の役割は基本的にテンポの指示です。各パートに合図を送るときは左手で行いましょう。そして、ただ腕だけで指示を出すのではなく、入りの音量やニュアンスを意識しながら、ブレスもいっしょにとりましょう。
④音の切り
特に曲の終わりなど、全員でのばした音を切るときは右手と左手両方を使ってはっきりと切るようにしましょう。切ったあとの手の形は握りこぶしになると思いますが、その握りこぶしが自分の正面で動かないようにするとかっこいいです。最後まで音を大切にしている感じが出ます。
ここからはプロの領域になると思いますが、例えば、「楽団の音程が悪いのは指揮者の責任だ」と言われることがあります。つまり、指揮者は音程も指示することができるという訳です。詳しく書くと長くなるので割愛しますが、音楽が奥深いものであると同じだけ指揮者に求められることも多岐にわたると考えてください。
そして、指揮というのは目で見るものなので、自分が相手にどのように見えているのかを常に意識しなくてはなりません。自分では正しく振れているつもりでも奏者から見ると分かりにくいこともよくあります。練習の時はできるだけ鏡を用いて、そして、奏者からのアドバイスや苦情は素直に聞くようにしましょう。指揮者はリーダーですが、奏者の信頼を得て初めてリーダーたりえることを忘れてはいけません。
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